東京地方裁判所 平成11年(モ)3788号 決定 1999年4月19日
申立人(被告)
甲野一郎
相手方(原告)
乙川春子
右相手方訴訟代理人弁護士
山本剛嗣
主文
東京地方裁判所平成一〇年(ワ)第二八一三号動産収去請求事件の訴訟費用は、各自の負担とする。
事実及び理由
第一 申立て等
一 申立ての趣旨
東京地方裁判所平成一〇年(ワ)第二八一三号動産収去請求事件の訴訟費用は、相手方の負担とする。
二 申立ての理由
1 東京地方裁判所平成一〇年(ワ)第二八一三号動産収去請求事件(以下、「基本事件」という。)は、第六回口頭弁論期日において、相手方が申立人に対する請求を放棄したため、終了した。
2 訴訟が裁判及び和解によらないで完結したときは、申立てにより、第一審裁判所は決定で訴訟費用の負担を命ずべきである(民事訴訟法七三条一項)ところ、訴訟費用は敗訴の当事者が負担することが原則である(同法六三条)。請求の放棄は、実質的には敗訴であるから、基本事件の訴訟費用は、請求を放棄した相手方が負担すべきである。東京高等裁判所平成一〇年一〇月一六日決定(平成九年(ウ)第一五八九号)も、原告が第二審においてその請求を放棄したときは、たとえ同人が第一審において勝訴していたとしても、第一、二審共に訴訟費用を負担すべき旨判示している。したがって、右決定との対比からも、本件の訴訟費用は相手方が負担することが相当である。
3 よって、申立人は、相手方に対し、民事訴訟法七三条により、基本事件の訴訟費用につき相手方の負担とすることを求める。
三 相手方の意見
1 相手方が請求を放棄したのは、基本事件の請求の趣旨第一項記載の動産が同第一項記載の土地から収去され、訴えの目的を達したためであって、実質的には相手方の勝訴である。
2 申立人は、基本事件の第四回口頭弁論期日において、右動産を所有することを認めている。
3 申立人は、基本事件において、前記土地の占有権限について具体的かつ明確な主張をしていない。
4 申立人は、右動産の所有者として、本件動産の収去義務があったところ、これが収去されたことにより、請求の放棄がなされたのであるから、申立人が基本事件の訴訟費用を負担することになってもやむを得ない。
5 よって、相手方は、訴訟費用は申立人の負担とする(少なくとも各自の負担とする)との決定を求める。
第二 検討
一 記録及び当裁判所に顕著な事実によれば、基本事件の内容、相手方が提訴するに至った経緯及び基本事件が相手方の請求の放棄により終了するまでの経過は、以下のとおりである。
1 基本事件は、相手方が、申立人に対し、自己の所有する別紙物件目録記載の土地(以下、「本件土地」という。)の通路上に、平成九年七月以前から放置してある別紙動産目録記載の業務上冷蔵庫(以下、「本件動産」という。)の収去を求めたものである。
2 本件動産が放置されていた本件土地は、通路の一部を構成するものであり、本件動産の放置により通路の通行に支障が生じていたものである。そこで、相手方は、平成九年七月一九日以降数回にわたり、貼り紙をして本件動産の所有者に対しその収去を促したが、功を奏しなかったので、やむなく自己の費用で本件動産を他の場所に移動しようとしたところ、申立人が警察を呼び、相手方代理人(基本事件訴訟代理人)を窃盗犯として処分するよう訴えるなどした。そして、相手方は、申立人に対し、本件動産の引取りを求めたにもかかわらず、申立人に拒否されたため、基本事件の訴えを提起するに至った。
3 相手方が本件土地を所有することは、甲第一号証によって認められる。さらに、申立人は、本件動産を所有することを認めた。そして、申立人は、第四回口頭弁論期日において、申立人は賃借権に基づいて本件土地を占有する権原を有するものであり、右賃借権は、申立人の父と相手方の先代との間の土地賃貸借契約により申立人の父が取得した賃借権を相続により取得したものである旨主張した。
4 申立人は、第五回口頭弁論期日において、本件土地上に本件動産は存在していない旨主張し、これを相手方において確認することとなった。そして、相手方は、右事実を確認した上、第六回口頭弁論期日において、申立人に対する請求を放棄した。
二 以上を前提に、基本事件の訴訟費用の負担について判断する。
1 訴訟費用は、敗訴の当事者が負担することが原則である(民事訴訟法六一条)。この規定は、訴訟追行の不成功という結果に基づき、敗訴者の負担により、勝訴者の損失を補償させるのが妥当であるという政策的考慮に基づくものであり、訴訟費用を敗訴当事者が負担する根拠は、その訴訟追行の不成功という結果責任に求められる。そして、請求の放棄は、特段の事情のない限り、敗訴と同様に解されることになるものである。申立人が引用する東京高等裁判所平成一〇年一〇月一六日決定も、この原則に依拠したものと解される。
2 しかしながら、基本事件における請求の放棄には、特段の事情があるといわなければならない。すなわち、基本事件における請求の放棄については、相手方の訴訟追行が不成功に帰したという結果責任の前提が欠けており、したがって、右でみた敗訴者負担原則を本件に適用することは妥当ではない。その理由は、以下のとおりである。
(一) 相手方が第六回口頭弁論期日において請求を放棄したのは、相手方が、本件土地の所有者として、申立人に対し、訴えをもって本件動産の収去を求めていたところ、結局、本件動産が収去されたことが判明したからである。すなわち、相手方は、その訴えの目的を達したために請求を放棄したのであり、その請求に実体法上の理由がないことが判明したためではない。
(二) 本件動産を収去したのが誰であるかは必ずしも明らかではないが、本件動産が申立人の所有に係ることは申立人が自認するところであり、相手方が申立人に対して訴えを提起するに至った経緯、とりわけ申立人との交渉の経過や、本件動産の放置されていた場所等諸般の事情を考慮すると、本件動産を収去したのは申立人又はその意を受けたものであることが推認される。
(三) そうすると、基本事件は、相手方の請求の放棄により終了したものではあるが、その実質は、相手方が、申立人に対し、訴えをもって本件動産の収去を求めたところ、申立人又はその意を受けた者によって本件動産が本件土地から収去されたことにより、その訴えの目的を達したため、その請求を放棄したということであるから、むしろ、相手方の訴訟追行は成功に帰したと評価してよい面があると解される。
したがって、以上の諸点を考慮すると、基本事件は、相手方の請求の放棄により終了したものであるが、その進行経過及び実質に照らすと、訴訟追行の不成功という訴訟費用敗訴者負担原則の前提を欠くといわざるを得ない。すなわち、基本事件の訴訟費用の負担については、民事訴訟法六一条を適用して、その訴訟費用を全部相手方の負担とすることは相当ではなく、同法六四条を類推して、裁判所が実質的観点から、各当事者の費用負担を裁量で定めるのが相当であると解される。
3 そのような実質的観点からすると、申立人の基本事件の対応については、次の事情についての考慮が必要であろう。
(一) 基本事件においては、被告である申立人が最後まで相手方の請求を争い、その主張事実が排斥されるという形で終局を迎えたわけではない。
(二) 申立人は自らの主張する事実による占有正権原の立証を断念して、本件動産を収去したものと速断することもできない。
(三) 申立人又はその意を受けた者が本件動産を収去した行為は、相手方の請求の放棄の契機となり、ひいて相手方の目的の到達に寄与する行為であると評価できる面もあると解される。
右の諸事情に鑑みると、基本事件の訴訟費用を全部申立人の負担とすることもまた相当とは思われない。
4 以上によれば、基本事件は、相手方の請求の放棄により終了したものではあるが、その進行経過及び実質に照らし、かつ、申立人及び相手方の衡平の観点から、その訴訟費用は各自の負担とする(すなわち、申立人及び相手方はいずれも費用償還請求権を有しない)ことが相当と解されるのである。
よって、民事訴訟法七三条一項、六四条本文により、主文のとおり決定する。
(裁判官加藤新太郎)
別紙物件目録<省略>
別紙動産目録<省略>